ゴールデンウィークだしおすすめのクラシックホテルの紹介でもしようと思う

1 :名無しさん@おーぷん:2015/04/29(水)10:52:51 ID:xPs(主) ×
いくつかのクラシックホテルの歴史とかを紹介したいと思う

3 :名無しさん@おーぷん :2015/04/29(水)10:53:27 ID:xPs(主) ×
東京ステーションホテル
1915年開業
東京駅丸の内側駅舎で営業している老舗ホテル
ホテル部分の駅舎建物は赤レンガ造りで日本が誇る名建築家、辰野金吾の設計である
初期は民間企業に経営を委託していたが後に国鉄の直営となり、名称を「東京鉄道ホテル」と改める
第二次世界大戦中に爆撃を受けてドーム部分が焼失し、戦後の改修工事により3階建から2階建てとなった
終戦後はGHQが国鉄による直営を認めなかったため、日本交通公社に運営を委託する形で営業が再開された
しかしGHQは日本交通公社に対しても国鉄乗車券の発券手数料の支払いに関して削減を要求してきたため、日本交通公社に経営問題が発生しホテル経営どころではなくなった
この事態に対処するために1950年に運営会社として日本ホテル株式会社が設立され、ホテル名も東京ステーションホテルへと戻された
現在は民営化され、JR東日本ホテルズに属している
2006年3月31日保存復元工事のため営業を休止、2012年10月3日に工事が終了し3階部分及び駅舎自体も建設当初の姿に復元され営業を再開した
「クラシックホテルの仲間たち」のリストから2006年の休業時より除外され、2015年現在もリストには入っていない
現在リストに掲載されているのは日光金谷ホテル・富士屋ホテル・万平ホテル・ホテルニューグランド・奈良ホテルのみである
2003年にホテルを含む駅舎建築が重要文化財に指定された


5 :名無しさん@おーぷん :2015/04/29(水)10:56:47 ID:xPs(主) ×
帝国ホテル
1890年開業
日本を代表する高級老舗ホテル
初代帝国ホテルは木骨レンガ造りの3階建てで部屋数は約60であった
1919年に失火があり全焼した

二代目帝国ホテルは鉄筋コンクリート、レンガコンクリート造りの地上3階(中央棟は5階)地下1階建てで客室数は270であった
フランク・ロイド・ライト設計のこの建物は「ライト館」とも呼ばれる
関東大震災、東京大空襲共に損傷を受けながらも耐え抜き、ライトは震災の時にホテルが無事であったことを手紙で知らされて大喜びしたという
1964年に老朽化や客室数の少なさなどを理由としてこのライト館を取り壊し、現在の建物に建て替えられることが発表された
これに対しては大規模な反対運動が起こったが1967年から解体作業が始まり、翌年の春頃に工事は終了した
ライト館は玄関部分のみが明治村に再現されており、当時の面影を偲ぶことができる

三代目帝国ホテル
鉄筋鉄骨コンクリート造の地上17階地下3階建て、客室数は772
1983年竣工のインペリアルタワーと合わせ、現代の東京の名所となっている
本館14階の「インペリアルフロア」にはライト館の内部を再現した「フランク・ロイド・ライト・スイート」が新設された
ライト館のさまざまな箇所に施された独特なマヤ調の意匠やライト独自のスタイルでまとめられた内装や調度品が忠実に再現されている

 

 

6 :名無しさん@おーぷん :2015/04/29(水)10:58:33 ID:xPs(主) ×
富士屋ホテル
1878年開業
神奈川県足柄下郡に存在する老舗ホテル
外国人向けの本格リゾートホテルとして開業
創業者である山口仙之助は慶應義塾で福沢諭吉に国際観光の重要性を説かれ、ホテル開業を決意する
しかし開業してすぐの1883年に宮ノ下大火により当初の建物が焼損、創業時の記録も焼失した
1891年に現在も現役で使われている本館が竣工、館内の電機は火力発電によって発電されていた
その後1906年に西洋館、1936年に花御殿という新たな宿泊棟が建造される
また1946年には宮ノ下御用邸の払い下げを受け、ホテル別館として「菊華荘」と命名された
和洋折衷の意匠が混在する独特な造りの他の宿泊棟と違い菊花荘は完全な純和風建築である
因みに菊花荘の宿泊客のみ天然温泉を引く総檜造の貸切風呂が利用できる

 

 

 

7 :名無しさん@おーぷん :2015/04/29(水)11:00:39 ID:xPs(主) ×
万平ホテル
1894年開業
長野県北佐久郡に存在する老舗ホテル
江戸時代に旅籠「亀屋」が現在の軽井沢郵便局付近に開業
外国人である宣教師とその友人が亀屋を訪れ、当時の主人であった佐藤万平は外国人への対応術と生活習慣を学んだ
それを反映し1894年に亀屋ホテルがオープン(現在はこの年を万平ホテルの創業としている)
1902年にホテルを桜の沢に移転し、名称を「万平ホテル」とした
現在の本館アルプス館は1936年に完成したもので、設計は日光金谷ホテルも手掛けた久米権九郎である
余談だが現在ホテルのカフェテラスで提供されているロイヤルミルクティーは元々メニューにはなくジョン・レノンがホテル滞在時に作り方を直伝してからメニューに加えられたものである
現在提供されているロイヤルミルクティーはジョンが教えたものに生クリームを加えたものとなっている
また、ジブリ映画「風立ちぬ」で主人公が宿泊していたホテルのモデルになったともいわれる

 

 

 

8 :名無しさん@おーぷん :2015/04/29(水)11:02:07 ID:xPs(主) ×
日光金谷ホテル
1873年開業
栃木県日光市に存在する老舗ホテル
登録有形文化財、近代化産業遺産に指定されている現存する日本最古のリゾートクラシックホテルである
本館、別館、新館の宿泊棟がある
またあまり知られていないが本館裏の高台にある池に面した観覧亭(通称:竜宮)も登録有形文化財である
現在本館の小食堂として使用されている部屋はもともとメインダイニングであり、格天井の花鳥風月画は見事
随所に散りばめられた極彩色の彫り物などが東照宮をイメージさせる日光を代表するクラシックホテルである

 

 

9 :名無しさん@おーぷん :2015/04/29(水)11:04:34 ID:xPs(主) ×
ホテルニューグランド
1927年開業
神奈川県横浜市に存在する老舗ホテル
横浜を代表するホテルであり、開業当初から皇族やイギリス王室などの賓客が利用するなどクラシックホテルの代表としても名高い名門ホテルである
多くの映画、CM撮影などでこのホテルの本館が使用されており、テレビを見ていても目にする機会は多い
1923年の関東大震災で大打撃を受けた横浜市は当時の横浜市長の提案により横浜市復興会を結成
そこで決議された「外人ホテル建設の件」がホテルニューグランド誕生の第一歩である
「最新式設備とフレンチスタイルの料理」をキャッチコピーとして特に料理には力を注いだ
パリのホテルからスイス人コックを総料理長として呼び寄せ、更に元帝国ホテル代四代総料理長である内海藤太郎をその補佐につけた
ドリア、ナポリタン、プリンアラモードなどはこのホテルの厨房で誕生したものであり、いかに創意工夫がなされていたかがうかがえる
ホテルオークラ初代総料理長の小野正吉や、プリンスホテルグループ総料理長となる木沢武雄など名店の料理長を多数輩出し日本の料理界に多大な影響を与えた

 

 

 

10 :名無しさん@おーぷん :2015/04/29(水)11:09:21 ID:xPs(主) ×
奈良ホテル
1909年開業
奈良県奈良市に存在する老舗ホテル
辰野金吾と片岡安という日本を代表する名建築家二名が設計した奈良県を代表する名門クラシックホテル
神社仏閣の多い古都奈良の景観に配慮して外観は瓦葺、壁面は白の漆喰で純和風に仕上げられている
対して内装は桃山風のデザインとドイツ風の意匠が混在する独特の和洋折衷様式である
現在も皇族などが奈良を訪れた際にはこのホテルに宿泊することがほとんどであり「西の迎賓館」とも呼ばれる
国内外から多数の有名人が宿泊に訪れており、明治の名将乃木希典の御手植えの松が菊の間から見る事が出来る
また、満州国皇帝の愛新覚羅溥儀も宿泊しており、メインダイニング入口手前に皇室関係者が使用した食器類とともに愛新覚羅が使用した食器類も展示されている
1914年に京都で行われた大正天皇即位式典に備えてラジエター式のスチームヒーターが1年をかけて全館に導入された
このためにそれまで使われていた暖炉は使用されなくなり屋根にあった煙突も撤去されたが、暖炉そのものは現在もそのまま残されている
戦後は連合軍に接収されたが、この際白木仕上げの内外装が気に入らないとして米兵によって危うく全館ペンキ塗り潰しにされるところであった
当時の日本側支配人が必死で本ホテルの来歴を米軍担当指揮官に説明して説得し、直接手が触れる部分を朱塗りとし、従業員スペースの内装をペンキ塗り潰しとすることで由緒ある本館主要部を守った
このため現在はホテルの欄干などは朱のペンキで塗られてしまっているが、本来は欄干も全て白木仕上げである

 

 

11 :名無しさん@おーぷん :2015/04/29(水)11:14:37 ID:xPs(主) ×
蒲郡ホテル
1934年開業
愛知県蒲郡市に存在する老舗ホテル
鉄道省に設置された国際観光局が国際観光ホテル建設計画を発表した際に、全国から名乗りをあげた40の候補地の中から、横浜、雲仙、大津とともに選ばれた
三河湾に面した小高い丘の上にあり城郭風の外観が特徴、眼下には国の天然記念物に指定されている島「竹島」を臨む
1987年に国土計画株式会社へ売却され、8月4日に蒲郡プリンスホテルとして再オープン
2012年に呉竹荘グループが蒲郡プリンスホテルを買収し、現在は蒲郡クラシックホテルと改称されている
ホテル敷地内の庭園は回遊式となっており、園内には洋風懐石料理レストラン竹島と鉄板焼料理レストラン六角堂がある
またホテル本館の目の前に鶯宿亭という離れ客室も存在しているが客室は一室のみである
鶯宿亭は本館と違い建物自体がほとんど建設当初のまま手を加えられておらず、最新設備等も無い
浴槽も当時のものを磨いて手入れしたものをそのまま使用しており、雨戸の開閉も宿泊客が自分で行うものとなっている
躑躅の名所としても知られ、ゴールデンウィークには「つつじまつり」が開かれる

 

 

 

12 :名無しさん@おーぷん :2015/04/29(水)11:18:42 ID:xPs(主) ×
宝塚ホテル
1926年開業
兵庫県宝塚市に存在する老舗ホテル
阪急東宝グループ創業者の小林一三と地元宝塚の実業家平塚嘉右ヱ門の共同出資によって建てられた鉄筋コンクリートの5階建てホテル
ドイツ風の意匠が美しいこのホテルの創業当時のパンフレットには
「昇降機、電話、電灯、給水、給湯、夏のスクリーンドアー、冬の暖房等至れり尽くせりで、客室60、食堂大小2室、宴会場、グリル食堂の他応接室、談話室、球戯室、酒場、理髪室、売店があります。」
とあり、最新の設備が整えられていたことが分かる
終戦後は連合軍に接収され、将校たちのクラブとされた
ホテルのみに留まらず周辺のレストラン「アモーレ・アベーラ」や高級住宅街も連合軍の住宅として接収されたが、1952年に接収は解除された
しかし宝塚ホテルの接収は解除されず、解除されたのは3年後の1955年であった
長い接収から解除された宝塚ホテルは営業再開や設備の改善を急ピッチで行い、営業再開の前日にはホテルの披露が行われた

 

 

 

13 :名無しさん@おーぷん :2015/04/29(水)11:21:41 ID:xPs(主) ×
六甲山ホテル
1929年開業
兵庫県神戸市に存在する老舗ホテル
2007年には近代化産業遺産に認定された
開業当初は宝塚ホテルの分館とされていたが後に独立した
建物は中央部分にハーフチンバー風のデザインが施されており、本来両翼部分の外壁も同様のデザインが施されていたが度重なる改修のためデザインは消失している
正面入り口の扉には色ガラスが使用され非常に美しいが現在はこの入口は使用禁止とされており、内部からもこの区画に入ることはできない
二階にあるライブラリーには小林一三が滞在していた当時の家具が置かれており、天井にはめ込まれた当時のステンドグラスなども歴史を感じさせる
現在は新しく新館が建てられ、元からの建物は旧館とされている

 

 

14 :名無しさん@おーぷん :2015/04/29(水)11:23:18 ID:xPs(主) ×
川奈ホテル
1936年開業
静岡県伊東市に存在する老舗リゾートホテル
大倉喜七郎が英国留学中に滞在したスコットランドのホテルに感銘を受け、大倉財閥の別荘として建設した
1998年の日本国内閣総理大臣である橋本龍太郎とロシア連邦大統領ボリス・エリツィンによる首脳会談はこのホテルで行われた(川奈会談)
かつて東京急行電鉄がホテルの前に伊豆急行線の駅を作るという提案をホテル側に持ちかけた
これに対してホテル側が
「当ホテルはリゾートホテルの趣旨を理解されたそれなりのステータスのお客様を対象としており、それらの方々は自家用車で来られるわけであるから、電車で来場する一般客を対象としているわけではなく、そのために騒がしくなることはホテルの趣旨に反する」
として断ったエピソードは有名であり、現在も周囲とは隔絶された静かで美しいリゾートホテルの空気を守っている
戦前からゴルフコースが有名であり、特に富士コースはフジサンケイレディスクラシックが開催されるチャンピオンシップ・コースということもあり、非常に人気が高い
以前はコースは宿泊客のみ利用可能であったが、現在は日帰り客でも大島コースのみであれば利用可能である

 

 

15 :名無しさん@おーぷん :2015/04/29(水)11:26:54 ID:xPs(主) ×
雲仙観光ホテル
1932年開業
長崎県雲仙市に存在する老舗ホテル
自然の美しい景勝雲仙に建つ最新設備が整った豪華絢爛なホテルは開業当初から国内外の評価も非常に高かった
ハンガリー文化使節団メゼイ博士は雲仙の絶景とこのホテルを絶賛したという
1979年には近代日本の名建築に選ばれた
2003年には国の登録有形文化財に指定され、これを機に大リニューアルが行われた
開業当初の姿に戻すべく客室の全面リニューアル、浴室や廊下の改修を行った
また開業当時に存在した図書室や撞球室(ビリヤード場)、映写室も再現された
さらに2007年には近代化産業遺産に認定された
因みに現在メインダイニングとして使用されている部屋は元はダンスホールであった
現在は和華蘭を取り入れたフランス料理、日本料理が提供されている

 

 

18 :名無しさん@おーぷん :2015/04/29(水)11:38:09 ID:xPs(主) ×
十和田ホテル
1939年開業
秋田県鹿角郡に存在する老舗ホテル
1940年に開催予定であった東京オリンピックで日本を訪れる外国人観光客のために作られた
十和田湖に面した森の中に建てられており、全ての客室から湖を眺める事が出来る
客室は和室であり床の間や天井、入口の扉に至るまで意匠が各部屋ごとに一つ一つ異なっている
木造3階建てのこの建物はかつて秋田、青森、岩手から80名の宮大工を集め、技術を競わせて建てられたという
銘木秋田杉がふんだんに使用されており、ロビー吹き抜け部分は宮大工たちの技術が凝縮された空間であるといえる
第二次世界大戦終結後米軍により接収されたが1952年に秋田県が買い戻し、その後は秋田県観光公社が運営に当たっている
1998年に風雪による外壁の老朽化のため改修工事を行い、設備も一新された
この際隣接地に新館が建てられ、元の建物は本館とされた
2003年には国の登録有形文化財に指定された
本館は内外装ともに旧状を維持しているが新築かと思われるほど綺麗に整備されている

 

 

19 :名無しさん@おーぷん :2015/04/29(水)11:41:45 ID:xPs(主) ×
浜名湖ホテル
1938年開業
静岡県浜松市にかつて存在したホテル
浜名湖にある景勝地、弁天島に建設された
平等院鳳凰堂をモデルとしてデザインされており、大きさは鳳凰堂の約2.7倍の規模である
外観は和風であるのに対し、内部は全室ベッド付きの洋室で料理はフランス料理が提供された
またホテルには常時馬車2台と馬3頭が用意されており、最寄り駅の弁天駅からホテルへの送迎にはこの馬車が使われた
馬車での送迎は非常に珍しく、それだけを目当てに宿泊する一般客もいたという
しかし開戦が間近に迫った時代背景や、あまりの高級指向のために開業から僅か1年半で休業となる
ホテル内の調度品はその多くが海外から輸入した高級品ばかりであったというが、終戦後にそのほとんどが連合軍により持ち去られた
終戦後は長らく廃屋として放置されていたが神奈川県足柄下郡にある芦ノ湖畔への移転が決定し、約一年の期間をかけて移築工事が行われた
そして建物は1957年より箱根プリンスホテルの和風別館「龍宮殿」として新たに使われることとなった
洋間は全て改装され、全室和室となった
当時の外務省はこの龍宮殿から日本の風情を感じてもらおうとインドのネール首相や西ドイツのアデナウアー首相を龍宮殿に招いたこともあった
1990年には隣接地に新館も建てられ、新たな歴史を歩み始めている

 

 

20 :名無しさん@おーぷん :2015/04/29(水)11:48:57 ID:xPs(主) ×
以上で現役のホテルの紹介は終わりです
ついでに趣味で集めた現存しないホテルも少ないけど紹介するよー

 

 
21 :名無しさん@おーぷん :2015/04/29(水)11:49:54 ID:xPs(主) ×
松島パークホテル(現存せず)
1913年開業
宮城県宮城郡にかつて存在したホテル
中央の4階建ての塔屋を挟んで、地下1階、地上2階建ての入母屋造の宿泊棟が北東、南東にL字に延びる独特な外観であった
松島湾に面した場所に建っていたため、ホテルからの眺めは非常に美しかったという
終戦後は米軍よってに接収されたが、1952年に接収が終わると周囲は松島水族館が営業を再開し、隣接地に動物園が新設されるなど活気を取り戻した
しかし1969年3月に火災が発生、これにより2階部分が焼失したことからホテルは解体されることとなり同年8月に工事は終了し更地となった
因みに隣接していた動物園もホテルの休業と同時に閉園された
松島水族館は現在までマリンピア松島水族館として営業を続けてきたが今年の5月に閉園の予定である

 

 

 

22 :名無しさん@おーぷん :2015/04/29(水)11:51:31 ID:xPs(主) ×
トアホテル(現存せず)
1908年開業
兵庫県神戸市にかつて存在したホテル
日本人建築家下田菊太郎設計による全客室バス付の本格的ホテル専用建築で当時「スエズ以東で最高のホテル」と称された
日本人向けに「東亜ホテル」という名称も積極的に用いたといわれる
大規模な建物であったにもかかわらず第二次世界大戦での戦災を免れた
しかし終戦後GHQに接収され、その間に火災により全焼した
現在の神戸市中央区の「トアロード」の名称はこのホテルに由来するという説がある

 

 
24 :名無しさん@おーぷん :2015/04/29(水)11:53:16 ID:xPs(主) ×
白雲楼ホテル(現存せず)
1932年開業
石川県金沢市にかつて存在したホテル
アニメ「花咲くいろは」に登場する喜翆荘のモデルとなった建物でもある
かつて東洋一と謳われた大日本帝国の最高級ホテルであり、登録有形文化財にも指定されていた
日本の建築様式に加えて北欧、南欧の様式を巧みに織り交ぜた外観であり
玄関部分は帝国ホテルの設計者であるフランク・ロイド・ライトの設計であった
内部の装飾も豪華絢爛であり大広間の大襖絵は相川松瑞が、ダイニングルームの壁画は宮本三郎などが手掛けている
大浴場は日本照明学界最優秀賞を受賞した
1998年に経営難のため営業停止、1999年に倒産
営業停止後は暴走族やホームレスがホテル内に入り込んでは落書きや破壊行為、放火を行いメンテナンスの遅れもあって荒廃が進んでゆく
2006年に登録有形文化財の指定を解除され、建物も解体された

 

 

25 :名無しさん@おーぷん :2015/04/29(水)11:55:12 ID:xPs(主) ×
三笠ホテル(建物のみ一部現存)
1906年開業
長野県北佐久郡でかつて営業していた高級ホテル
一泊の宿泊費は一等客室が12円(現在の30万円程度)二等客室が8円(現在の20万円程度)三等客室が5円(現在の13万円程度)であった
文化人財界人が多く宿泊したことから「軽井沢の鹿鳴館」とも呼ばれた純洋風建築である
建築様式はアメリカのスティックスタイル、扉のデザインはイギリス風、下見板はドイツ風である
終戦後は米軍によって接収されたが1952年に接収が終わり、三笠ハウスと改称して営業を再開した
1970年営業を終了し1972年に日本長期信用銀行によって買収され、1980年に日本長期信用銀行から軽井沢町に贈与された
廃業の時点で建物の約50%を失っており、現在は国の重要文化財として指定を受け保護されている

 

 

26 :名無しさん@おーぷん :2015/04/29(水)11:57:21 ID:xPs(主) ×
以上です
これを見てもしクラシックホテルに興味が沸いたら是非泊まってみて欲しい
そこいらのホテルとは一味違うモダンな雰囲気を味わってみてね

引用:http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1430272371/l50